小海町高原美術館に続き、もうひとつの訪問先、ル ヴァン美術館です。

ここは、東京・神田駿河台にある文化学院の創始者である西村伊作氏が自ら設計した校舎を復元したもの。
実際には関東大震災の際に焼失してしまったそうですが、もともとこの場所(軽井沢)に建てるために設計されたもの、といわれても違和感がありません。軽井沢の、さらにその中でも喧騒から離れた場所に位置するこの美術館は、きれいに刈られた芝の庭とともに、周囲と雰囲気がとても良くあっています。
都心に実際に建っていた当時はどんな感じだったのでしょう。存在感のある建物であったことは間違いないでしょうね。

ちなみに、アーチ型のこれも趣のある現在の校舎は、老朽化のために先ごろ取り壊されてしまったそうです。
ドラマの撮影などでもよく登場していたあの建物もまたよい雰囲気だったのですが、残念ですね。
さて、ル ヴァン美術館の企画展ですが、
テーマは
「コルビュジエと建築家坂倉準三の友情〜ル・コルビュジエから準三・日本へのおくりもの〜」
という非常に興味深いものでした。
コルビュジエと坂倉準三との厚い友情・信頼関係を示す数々の展示がされていたのですが、とりわけ感動したことがありました。
それは、あるエピソードについて坂倉準三が文藝春秋に寄稿した話でした。
1960年にコルビュジエから夕食に招かれた際、食事の席に着こうとするとテーブルの上にひとつの貝殻がおいてあったそうです。
コルビュジエ夫妻は以前から良く人を招いていたそうですが、、特に親しい間柄の客の場合だと、奥様が必ず何かいたずらやハプニングが起こるような仕掛けをしておき(肉を切ろうとするとナイフが折れるようになっていた、とかなんとかななんとかとか)招かれた人が驚く様子を楽しんでいたいたそうです。
夕食会当時は既に奥様は亡くなり、事実上コルビュジエは独り暮らしだったそうですが、そんな思い出もあるため、また何か仕掛けてあるのか?と思って貝殻をあけてみたそうです。するとそこには日付と署名とともにフランス語で
「友情」
とペンで書かれてあったと。。
それを見た坂倉準三は目頭を熱くしたそうです。
文藝春秋の記事の写しは壁に貼られていましたが、背後のガラスケースの中には、その時の貝殻の実物も展示してありました。
この話を読み、そのモノを目にしたとき、素直に感動してしまい思わずこちらも目頭が熱くなりました。
ああ、なんていい話なんでしょう。
これだけでもここに来た甲斐があったような気がします。。
う〜ん。自分にここまでの関係性を持った相手が何人いるのかいないのか・・・
まあ、それは独り言。
坂倉準三よりも前にコルビュジエの下で仕事をしていた
前川國男を取り上げた建築展で、コルビュジエの話もいろいろ出てきていたわけですが、そこと今回の内容で重なる部分もあり、ふむふむ、そうだったそうだった、なんて独り納得してみたり。
吉村順三・前川國男・坂倉準三・・。
昨年から立て続けに催されている建築展は、偶然ではないのでしょうね。
また、坂倉準三と柳宗悦・柳宗理、河井寛次郎などの民藝運動の先駆者との交友など、最近自分の中でよくでてくる名前が、皆つながっていることにも驚きと喜びを感じてみたりと、とにかく規模は小さくとも内容の濃い展覧会だったと思いました。。

本当は最後にカフェでゆっくりとしたいところではあったのですが、戻る時間のこともありちょっと余裕がなかったのが残念でした。
行きは軽井沢から一駅の中軽井沢までしなの鉄道に乗車。そこからはタクシーで約10分、1,100円ほど。
帰りは特定期間運行されている「
軽井沢美術館・観光循環バス」に乗って、軽井沢駅まで戻りました。
このバスは軽井沢駅から主要なスポットを結んで走るもので、北と南のルートがあるそうです。
ちなみに、駅に近づくほど道が渋滞するので余裕をもつ必要がありますが、便利な足ではあると思います。美術館から駅までは500円でしたが、何度も使うのならフリー乗車券が700円で発売されているのでそちらの方がお得だと思います。
この企画展の会期は11月まであるようなので、建築好きの方ならばなお、そうでない方でもぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
ということでだらだらとつづってしまいましたが、2つの美術館はそれぞれに特徴があり、いずれも楽しめるものでした。
この他にも色々と興味をそそられる美術館の類いはありましたが、それはまた別の機会に。。
